婚姻費用を請求したい・請求された

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婚姻費用を請求したい・請求された

婚姻費用の請求に関する諸問題

離婚を前提に別居する際、配偶者に対し婚姻費用を請求できる場合があります。

婚姻費用の請求は、とくに夫婦間に子供がいる場合には別居後の子供の生活を安定させるために重要な意味をもつことから、適正な時期に適正な金額を請求することが推奨されます。本ページでは、婚姻費用の性質、算定方法、請求手続、義務者が支払わない場合の強制執行について解説いたします。

本ページでは、養育費の性質、算定方法、請求手続、義務者が支払わない場合の強制執行、事後的な養育費の増減額について解説いたします。

1 婚姻費用とは何か?

1.1 婚姻費用の内容

民法は、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」(民法第752条)、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」(民法第760条)と規定し、婚姻費用分担義務を定めています。

上記義務は「夫婦の他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務」(東京高決令和4年10月13日家庭の法と裁判45号47頁等)とされているところ、夫婦の一方は他方に対し自身と同程度の生活を送ることができる金額の生活費を支払う義務を負うことになります(夫婦に未成熟の子供がいる場合には当該子供の養育に要する費用も婚姻費用に含まれます。)。

なお、婚姻費用の問題が争われる場合の多くは夫婦が別居中という場合ですが、婚姻費用分担義務は上記のように夫婦間の生活保持義務を内容とするところ、同居中(家庭内別居の場合など)も当然に婚姻費用の請求は可能です。

もっとも、別居中の場合とは必要となる住居費等が異なることから、婚姻費用分担額を決める際には個別性の高い検討が必要になる点には注意が必要です。

1.2 始期と終期

始期

「婚姻費用分担義務の始期は、同義務の生活保持義務としての性質と両当事者間の公平の観点から考えれば、権利者が義務者にその請求をした時点と解すべきである。」(東京高決昭和60年12月26日判時1180号60頁)、「婚姻費用分担の始期を請求時以降とする実務の取扱いが一般的であることは抗告人指摘のとおりである」(名古屋高決平成24年8月24日(平成24年(ラ)第15号))とされています。

ここで「請求時」とはいつを指すのかが問題となるところ、権利者が義務者に対し内容証明郵便により婚姻費用の分担を求める意思を確定的に表明した場合には、当該意思表明時を婚姻費用分担義務の始期と解すべきと考えられます(東京家審平成27年8月13日判時2315号96頁参照)。

なお、婚姻費用分担義務の始期を調停や審判の申立時とした裁判例も多く存在しますが、これらの事案では、権利者が義務者に対し調停や審判の申立てに先立ち婚姻費用の請求をしていない(または請求した事実の証明ができない)ため、調停等の申立て時を請求時としているものと理解することが可能です。

終期

婚姻費用は夫婦間の生活保持義務に基づく義務であるため、離婚が成立した後には支払義務がなくなります。
また、通常、婚姻費用は離婚を前提に別居している状態を前提に請求がなされるところ、別居状態が解消した場合には婚姻費用を請求する前提を欠くことになると考えられます。

実際、婚姻費用分担申立事件の審判では、通常「離婚又は別居状態の解消に至るまで」の婚姻費用の支払が命じられています。

1.3 遅延損害金の始期

「民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は、夫婦の協議のほか、家事事件手続法別表第2の2の項所定の婚姻費用の分担に関する処分についての家庭裁判所の審判により、その具体的な分担額が形成決定されるものである(最大決昭和40年6月30日民集19巻4号1114頁参照)」(最一小決令和2年1月23日民集74巻1号1頁)とされています。

また、分担額が決定された後の婚姻費用は定期金債権であり毎月弁済期が到来します。

そこで、婚姻費用の遅延損害金は具体的な分担額が形成決定された後、具体的には協議または審判で定めた支払期限の翌日から発生することとなります(民法第412条第1項)。

1.4 婚姻費用と財産分与

1.2 始期と終期」のとおり、一般的に婚姻費用の始期は請求時以降とされているところ、調停や審判手続の中で始期前の婚姻費用分担金の支払が認められることは基本的にはありません。

しかし、離婚の話合いや別居を開始する際に弁護士へ相談していない場合、本来は婚姻費用を請求できるにもかかわらず請求をしていなかったということがあります。
その場合、財産分与の中で過去の未払の婚姻費用(始期前の婚姻費用など。)の清算を求めるということが考えられます。

最三小判昭和53年11月14日民集32巻8号1529頁

離婚訴訟において裁判所が財産分与の額及び方法を定めるについては当事者双方の一切の事情を考慮すべきものであることは民法七七一条、七六八条三項の規定上明らかであるところ、婚姻継続中における過去の婚姻費用の分担の態様は右事情のひとつにほかならないから、裁判所は、当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるものと解するのが、相当である。

未払婚姻費用の清算に関する裁判例

東京高判平成12年3月9日(平成10年(ネ)第2595号)
「被告の年収額(平成13年以降税込みで約650万円ないし700万円位)を考慮すると,被告は,原告に対し,平成14年11月23日の別居以降の婚姻費用として少なくとも月額15万円を支払うべきである(東京・大阪養育費等研究会作成の養育費・婚姻費用の算定方式と算定表[判例タイムズ1111号285頁以下]参照)。しかし,被告は,原告に対し,平成15年4月末から月額5万円,同年7月末から月額7万円を養育費として支払ったのみである。したがって,被告は,原告に対し,財産分与として,この間の婚姻費用の不足分160万円余を支払うべきである。」


横浜家相模原支判平成29年4月10日(平成27年(家ホ)第17号、同第60号)
「被告は,本件審判で原告に支払を命じられた以前の未払婚姻費用が合計95万8200円存し,これを財産分与として原告に支払を命じるべきである旨主張する。(中略)そうすると,原告は,被告に対し,未払の婚姻費用合計83万0180円(=95万8200円-9万4000円-3万4020円)を支払うべきものと思料する。」

払いすぎた婚姻費用の清算に関する裁判例

「別居中の夫婦の婚姻費用分担については、その資産、収入その他一切の事情を考慮して定められるものであり(民法760条)、当事者が婚姻費用の分担額に関する処分を求める申立てをした場合(家事審判法9条1項乙類3号)には、調停による合意をするか、審判をすることになる(同法26条1項)。したがって、当事者が自発的に、あるいは合意に基づいて婚姻費用分担をしている場合に、その額が当事者双方の収入や生活状況にかんがみて、著しく相当性を欠くような場合であれば格別、そうでない場合には、当事者が自発的に、あるいは合意に基づいて送金した額が、審判をする際の基準として有用ないわゆる標準的算定方式(判例タイムズ1111号285頁以下)に基づいて算定した額を上回るからといって、超過分を財産分与の前渡しとして評価することは相当ではない。」

上記判例等に照らすと、未払の婚姻費用や過払となった婚姻費用につき一般的に財産分与の中で清算を求めるということが可能といえます。
もっとも、実際の裁判所の判断としては、未払婚姻費用については一定程度柔軟に清算を認めるものの、払いすぎた婚姻費用の清算については消極的であるといえます。

2 養育費の算定方法

2.1 改定標準算定方式の利用

婚姻費用分担額について夫婦間の話合いで合意できる場合には、原則として夫婦間で取り決めた金額を支払うということで問題はありません。
しかし、夫婦間で婚姻費用分担額の合意ができない場合や合意の前提として婚姻費用分担額の目安を把握しておきたいという場合には、一般的な婚姻費用の算定方法を抑えておく必要があります。

現在、婚姻費用の算定方法として、「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究」(司法研修所編。法曹会)が提案する改定標準算定方式(令和元年版)が広く用いられています。

一般の方が婚姻費用分担額の目安を知りたいという場合には、上記改定標準算定方式による算定表を参照するのが簡便です。改定標準算定表については、こちらの裁判所Webサイトからご覧ください。
※改定標準算定表については、こちらの裁判所Webサイトからご覧ください。

2.2 収入

改定標準算定方式は、基本的には夫婦双方の収入や未成熟の子供の年齢、数を基に婚姻費用分担額を算出します。

ここで、婚姻費用算定の基礎となる夫婦の収入ですが、給与所得者の場合には源泉徴収票の「支払金額」や所得証明書の「収入金額」に記載されている税込みの収入額を指します。

一方、自営業者(事業所得者)の場合には確定証明書に記載の「所得金額」、「社会保険料控除」、「専従者給与(控除)額の合計額」「青色申告特別控除額」を基に以下の計算式で計算することが可能です。

自営業者の総収入

=「所得金額」-「社会保険料控除」+「青色申告特別控除額」+「専従者給与(控除)額の合計額」(現実に支払いがなされていない場合)

2.3 修正要素

特別の事情が存在する場合には、改定標準算定方式で算出した婚姻費用分担額を修正することがあります。

具体的には、以下のような費用負担が生じている場合には婚姻費用の加算または減算の主張を行うかどうかを検討する必要があります。

加算要素

・子供が私立高校や大学に通っている場合:学費
・子供が保育園に通っている場合:保育料
・高額な医療費等が生じている場合:医療費等

減算要素

・義務者が権利者の住居費などを負担しており、義務者がその負担を継続する蓋然性が高い場合:住宅ローンの一部
・生活費を補うために負担した債務を弁済する場合:債務の支払月額の一定割合(秋武憲一『第3版 離婚調停』(日本加除出版、2018年)236頁、272頁参照)

※減額事由として考慮された場合には、当該費用負担を継続する必要があります。

なお、婚姻費用の権利者が有責配偶者(離婚の原因について専らまたは主として責任がある配偶者)である場合には、有責配偶者からの婚姻費用請求は信義則違反又は権利濫用であるとして養育費相当分に限定されることがあります。

3 請求手続

3.1 当事者の合意

婚姻費用については夫婦が合意して取り決めることが当然に許容されています。
そのため、まずは当事者間で金額や支払期間について話し合った上で婚姻費用について合意することが考えられます。

なお、当事者間で婚姻費用の合意をする上での注意点についてはこちらのQ&A「夫が支払うと約束した金額の婚姻費用を支払ってもらえる?」をご覧ください。

3.2 調停・審判

夫婦間の話合いで婚姻費用の合意ができない場合には、婚姻費用分担調停または同審判の申立てを行うことになります(通常、審判申立てを行ったとしても調停に付される(家事事件手続法第274条第1項)ことになるため、調停の申立てを行うことがほとんどです。)。

調停はあくまで話合いの手続であるため当事者が合意できない場合には調停が不成立となりますが、その場合には調停申立ての時に審判申立てがあったものとみなされ、自動的に審判手続に移行することになります(家事事件手続法第272条第4項、別表2)。

審判手続では、最終的に家庭裁判所が審判により婚姻費用についての判断を示します。

3.3 審判への不服申立て

もしも審判に対し不服がある場合には高等裁判所へ即時抗告を行うことが可能(家事事件手続法第85条第1項、同第156条第3号)ですが、即時抗告は審判の告知を受けてから2週間以内に行う必要があります(同第86条第1項)。

また、即時抗告に対しては高等裁判所が決定を出しますが、当該決定に不服があるという場合には特別抗告(同第94条)、許可抗告(同第97条)という手段が用意されています。

特別抗告や許可抗告は即時抗告よりも期限が短く、裁判の告知を受けてから5日の普遍期間内にこれを行う必要があるため注意が必要です(同第96条第2項、同第98条第2項、民事訴訟法第336条第2項)。

4 執行手続

調停や審判で婚姻費用が決まったにもかかわらず配偶者が婚姻費用を支払わないという場合には、配偶者の財産や給与債権を差し押さえるということが考えられます。

婚姻費用や養育費はその履行確保が重要であることを背景として、執行手続に以下のような特徴があります。

4.1 未払状態になったときは将来分の婚姻費用を差し押さえることが可能

通常の債権の場合、履行期が到来後に限り強制執行を行うことができます(民事執行法第30項第1項)。

一方、婚姻費用や養育費など扶養義務等に係る定期金債権の場合には、その一部に不履行があった場合には確定期限が到来していないものについても債権執行を開始することが可能です(同法第151条の2)。

その結果、婚姻費用や養育費の一部に未払がある場合には、いったん差押えを行えば毎月の支払期限が到来する度に配偶者の預貯金や給与を差し押さえる必要がありません(配偶者が会社を退職した場合や預貯金残高がなくなった場合には別途対応が必要です。)。

4.2 差押え可能な範囲が広い

通常の債権の場合、給与に係る債権については手取り額の4分の1(手取り額が44万円以上の場合には33万円を超える部分)のみを差し押さえることが可能です(民事執行法第152条第1項第2号、同法施行令第2条第2項)。

一方、婚姻費用や養育費などの場合には、配偶者の手取り給与のうち2分の1(手取り額が66万円以上の場合には33万円を超える部分)を差し押さえることが可能です(民事執行法第152条第3項)。



※本記事では婚姻費用に関し押さえておくべきポイントをご紹介いたしました。
しかし、実際の事案では個別具体的な事情により法的判断や取るべき対応が異なることがあります。

そこで、婚姻費用についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。