婚姻費用に関するQ&A
婚姻費用に関するQ&A
実親が養育費を支払っている場合における養親の婚姻費用分担義務
Question
妻と婚姻する際に妻の連れ子と養子縁組したのですが、養子縁組後も妻は連れ子の実親から養育費を受け取っていました。
その後、妻と別居し、妻から婚姻費用の請求を受けています。
婚姻費用を算定する際に、妻が前夫から養育費を受領している事実は考慮されますか?
Answer
裁判例を前提にすると、実親から養育費が支払われている場合、養親の婚姻費用の算定上これが考慮される可能性があります。
そのため、実親からの養育費支払の有無や支払われた養育費の額を確認した上、実親からの養育費支払の事実により養子の要扶養状態が解消されたとの主張を行うか否かを検討する必要があります。
養子が実親から養育費を受け取っている場合の婚姻費用の算定方法について、より詳しくお知りになりたい方は以下をご覧ください。
1 養子縁組と扶養義務
生物学的な親子関係の有無にかかわらず、養子縁組すると養親と養子の間に法律上の親子関係が成立します(民法809条)。
民法第809条
養子は、縁組の日から、養親の嫡出子の身分を取得する。
普通養子縁組の場合、実親と養子との間の法的な親子関係は終了しないところ、養子に対する養親の扶養義務と実親の扶養義務のいずれが優先されるかが問題となります。
この点に関しては、裁判例上、親権者となった実親及び養親に第一次的な扶養義務があり、実親は養親らだけでは養子を十分に扶養できない場合における二次的な扶養義務を負うにすぎないとされています。
東京高決令和2年3月4日判時2480号3頁
「両親の離婚後,親権者である一方の親が再婚したことに伴い,その親権に服する子が親権者の再婚相手と養子縁組をした場合,当該子の扶養義務は,第1次的には親権者及び養親となった再婚相手が負うべきものであり,親権者及び養親がその資力の点で十分に扶養義務を履行できないときに限り,第2次的に実親が負担すべきことになると解される。」
福岡高決平成29年9月20日判時2366号25頁
「両親の離婚後,親権者である一方の親が再婚したことに伴い,その親権に服する子が親権者の再婚相手と養子縁組をした場合,当該子の扶養義務は第1次的には親権者及び養親となったその再婚相手が負うべきものであるから,かかる事情は,非親権者が親権者に対して支払うべき子の養育費を見直すべき事情に当たり,親権者及びその再婚相手(以下「養親ら」という。)の資力が十分でなく,養親らだけでは子について十分に扶養義務を履行することができないときは,第2次的に非親権者は親権者に対して,その不足分を補う養育費を支払う義務を負うものと解すべきである。そして,何をもって十分に扶養義務を履行することができないとするかは,生活保護法による保護の基準が一つの目安となるが,それだけでなく,子の需要,非親権者の意思等諸般の事情を総合的に勘案すべきである。」
2 実親が養育費の支払いを続けている場合、養親の扶養義務の内容に影響があるか?
実親の扶養義務は二次的な扶養義務に留まるとはいえ、養親と養子の養子縁組後も実親が養子の養育費を支払い続けている場合があります。
このような場合、養親の養子に対する扶養義務に影響が生じるのでしょうか。
この問題は、主として親権者である親と養親が別居した後、婚姻費用の請求が行われる場面で問題となります。
2.1 関連する裁判例
②についてはクリックすると開きます。
「本件婚姻費用分担金は,平成28年10月から平成30年1月までは月額32万円,平成30年2月から平成32年3月までは月額26万円,平成32年4月以降は16万円とするのが相当である。そうすると,平成28年10月から平成30年9月までの未払婚姻費用分担金の額は一応720万円(32万円×16か月+26万円×8か月)と試算できる。もっとも,相手方は,前記説示のとおり,平成28年10月から平成30年12月分までの養育費として,前夫から378万円(14万円×27か月)を受領している。そうすると,前記試算に係る未払婚姻費用分担金720万円(長女の生活費を含むもの)から,長女の生活費を含まない未払婚姻費用分担金480万円(以下に説示のとおり。)の差額である240万円の限度においては,前夫の上記養育費支払によって要扶養状態が解消されたものとして,未払婚姻費用分担金720万円から控除するのが相当である。その結果,平成28年10月から平成30年9月までの未払婚姻費用分担金の額は480万円となる。すなわち,前記認定の当事者双方の収入を前提として,標準的算定方式の表10(婚姻費用・夫婦のみの表)によって,長女が相手方と同居していない場合の婚姻費用について検討すると,平成28年10月から平成30年1月までの婚姻費用分担金については月額22万(22~24万円の範囲内),平成30年2月以降の婚姻費用分担金については前記説示(原審判の第3,3(5)を補正)のとおり月額16万円と試算できる。したがって,長女の生活費を含めずに,平成28年10月から平成30年9月までの未払婚姻費用分担金の額を算定すれば480万円となる(22万円×16か月+16万円×8か月)。」
「ア 原審相手方は、原審申立人がAの実父(原審申立人の前夫)からAの養育費として支払を受けている月額2万円について、原審相手方が原審申立人に支払うべき婚姻費用と重複するから、原審相手方が負担する婚姻費用から全額控除するか、少なくとも半額である月額1万円を控除すべきであると主張する。
イ しかしながら、本件のAのように、子が、実親の一方の再婚相手との間で養子縁組をした場合、その養親(本件においては原審相手方)の扶養義務は、通常は、実親(Aの実父)の扶養義務に優先すると解される。そして、Aの実父が、養親である原審相手方の負担を軽減する目的で養育費の支払をしているものとは認め難いこと、その養育費の額も月額2万円にとどまることに照らすと、原審相手方の婚姻費用分担金の算定上、Aの実父が支払っている上記の養育費の額又はその2分の1相当額を、控除することが相当であるとは解されない。」
2.2 裁判例の分析
養親の養子に対する扶養義務が第一次的な扶養義務であり実親は養子に対し第二次的な扶養義務を負うにとどまるとの一般的な見解は、実親が養育費を支払っていたとしても養親の扶養義務の内容には影響を与えないという結論と整合的です。
もっとも、裁判例は、扶養義務の優先関係のみを理由として実親による養育費支払が養親の扶養義務の内容には影響を及ぼさない判断しているわけではありません。
実親による養育費支払の目的や支払われた養育費の額を考慮し、実親からの養育費支払により養子の要扶養状態が解消したといえる場合には、実親による養育費支払が養親の扶養義務の内容に影響を与える可能性を認めているといえます。
そして、①の裁判例によれば、実親による養育費支払により養子の要扶養状態が解消していている場合、請求可能な婚姻費用は養子の生活費指数を考慮しない場合の婚姻費用分担額の範囲にとどまることになります。
2.3 裁判例を踏まえた実際の対応
理論的には実親が養育費を支払っていたとしても養親の扶養義務の内容には影響を与えないとの結論になる可能性が高い状況です。
もっとも、実親による養育費支払により養親の養子に対する扶養義務の内容に影響があり得ることを認める裁判例が存在する以上、婚姻費用を請求された養親としては、実親からの養育費支払の有無を確認した上、実親から支払われた養育費により養子の要扶養状態が解消されたと主張していくべきといえます。
※本記事では実親が養育費を支払っている場合における養親の婚姻費用分担義務の内容についてご紹介いたしました。
しかし、実際の事案では個別具体的な事情により法的判断や取るべき対応が異なることがあります。
そこで、養子がいる場合の婚姻費用についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。