婚姻費用に関するQ&A
婚姻費用に関するQ&A
塾や習い事の費用は婚姻費用に加算してもらえる?
Question
夫婦の同居中に子供が塾に通っていたりスポーツなどの習い事をしていたという状況で夫婦が別居に至った場合、子供の塾や習い事の費用を婚姻費用に加算して請求することは可能でしょうか。
仮に塾や習い事の費用を加算して請求することができない場合、事実上、子供が塾や習い事をやめなければならない可能性があるため、塾や習い事の費用を加算できるかどうかは子供の生活に大きな影響を与えます。
Answer
夫婦の同居中に子供がすでに私立学校等に進学していた場合には、学費の一部を婚姻費用に加算して請求可能というのが一般的です。
一方、塾や習い事の費用については、過去の裁判例による限り、原則として婚姻費用に加算して請求することは認められていません。
もっとも、別居後に塾や習い事の費用負担について合意がある場合や子供が受験期にあり学習の必要性が高いといえる場合などには、塾の費用などの加算を請求できる可能性があります。
そこで、塾や習い事の費用を婚姻費用に加算して欲しいという場合、まずは子供の教育の充実という観点で夫婦間での話合いを行い費用負担の合意を目指す、夫婦間で費用負担の合意できない場合には通塾の必要性等を具体的に主張立証することを検討する、という対応を取るのが最善であると考えます。
裁判例の内容について、より詳しくお知りになりたい方は以下をご覧ください。
1 婚姻費用にすでに含まれている教育関係費
婚姻費用は、一般的に改定標準算定方式(司法研究報告書第70輯第2号)により算定するのが相当であると考えられています。
改定標準算定方式では、子供の教育関係費として、0歳から14歳までは年額13万1379円(公立中学校の学校教育費相当額)、15歳以上は年額25万9342円(公立高等学校の学校教育費相当額)がすでに考慮されています。
※なお、世帯年収が高い場合には上記金額を超える教育費が考慮されていることもあります。
改定標準算定方式とは?
改定標準算定方式とは、「義務者世帯及び権利者世帯が同居していると仮定して、義務者及び権利者の各総収入から税法等に基づく標準的な割合による公租公課並びに統計資料に基づいて推計された標準的な割合による職業費及び特別経費を控除して得られた各基礎収入の合計額を世帯収入とみなし、これを、生活保護基準及び教育費に関する統計から導き出される標準的な生活費指数によって推計された権利者世帯及び義務者世帯の各生活費で按分して権利者世帯に割り振られる婚姻費用から、権利者の前記基礎収入を控除して、義務者が分担すべき婚姻費用の額を算定するとの方式」(東京高決令和4年10月13日判タ1512号101頁)をいいます。
子供の教育関係費が上記金額を上回る場合には、婚姻費用に学費等を加算して請求できるかどうかが問題となりますが、子供が夫婦の同居中から通っている学校の学費については、算定方式ですでに考慮済みの学校教育費と実際の学費との差額を夫婦間で分担すべきと判断されるのが一般です。
では、学校の学費ではない塾や習い事の費用は婚姻費用に加算して請求可能でしょうか。
2 裁判例の分析
2.1 関連する裁判例
②~③についてはクリックすると開きます。
「標準算定方式では、子の標準的な生活費の指数は、親を100とした場合、年齢14歳までの子を55とし、14歳以上の子を90として算定しており、その中には未成熟子の教育費が考慮されている。学習塾などの習い事の授業料は、通常の学校教育とは別にあくまで任意に行う私的な学習の費用であり、未成熟子を現に監護している親が、通常の婚姻費用の範囲内でその責任において行うのが基本であるから、義務者に分担を求めることはできないと解されている。そこで、監護親は、婚姻費用分担金の義務者(非監護親)との間において、学習塾などの習い事の授業料を任意に支払う旨の合意がない限り、学習塾などの習い事の授業料を婚姻費用分担金に加算して請求することはできない。相手方は、申立人の現在の収入では相手方が養育費を支払ったとしても、長男Aが夢中になって取り組んでいるスイミングスクールの費用、チャレンジの費用、科学教室などの費用を支払うことは難しいと思う(甲5・p16)と述べており、学習塾などの習い事の授業料を任意に支払う旨の意思はないことは明らかである。この点について、申立人は、婚姻費用の支払が生活保持義務であることから、子が義務者(相手方)と同居していると仮定すれば、習い事ができていた本件では、子が義務者と別居していたとしても同様の習い事ができるべきであり、上記供述部分(主張)は非常識としか言いようがないと非難する。確かに、権利者(監護親)と義務者(非監護親)が別居前からの習い事を合意の下で継続させることもできる。しかし、別居後の習い事を含む教育に関する事柄は、監護親において決定すべきであり、習い事の学習費(費用)は監護親において負担することが原則となる。してみると、義務者(非監護親)は、同居時において未成熟子に行わせていた学習塾などの習い事の授業料を、別居後においても当然に支払う義務があるとはいえない。なお、学習塾などの習い事の授業料は、当該未成熟子が受験期にあり、学習の必要性が高い場合等には、当事者の経済状況及び学歴、本人の進学意欲などを勘案の上、社会通念上相当と認められる範囲内で義務者に分担させる余地はある。しかし、本件は、学習塾などの習い事の授業料を非監護親(婚姻費用分担金の義務者)に分担させるべき特別な事情があるとはいえない。以上の検討のとおり、申立人は、長男Aに対して水泳教室、科学教室、通信教育(進研ゼミ)などの習い事を継続させたとしても、その授業料(料金)を相手方が負担するとの合意がない限り、相手方に上記習い事の授業料(料金)を婚姻費用分担金に加算して請求することはできない。」
※本裁判例では令和元年12月23日に改定標準算定方式が公表される前に使用されていた算定方式により婚姻費用が算定されているため、触れられている生活費指数が改定標準算定方式の生活費指数(14歳まで62、15歳以上は85)とは異なっています。
「申立人は、長男が私立中学に進学するに当たって要した諸費用(私立中学に納付すべき費用のうち、授業料ないし授業料に準ずる費用に当たらないもの(旅行積立金、副教材費及び自然教室費)を含む)のほか、長男の私塾の費用や子らの習い事の費用等についても、婚姻費用として相手方も負担すべきである旨主張するが、これら各費用は、前記(1)のとおり算定される婚姻費用のうち、子らの生活費指数において考慮されている教育関係費相当部分の枠内において賄うべきものといえるから、申立人の主張は採用できない。」
「抗告人は、長女の私立高校への通学費用及び本件男性講師とのレッスン代を特別の学費として婚姻費用分担金の算定において考慮すべきではないと主張する。しかし、長女は、私立高校の音楽科に通学してバイオリンを専攻していること及び財産分与のための本件マンションの売却を機に転居したことに照らせば、転居の事情はやむを得ないものというべきであるし、通学先を変更することも困難であると認められるから、通学費用相当額を特別の学費として算定するのが相当である。また、本件男性講師によるレッスンについても、長女の進学先及び抗告人と相手方との同居中から同レッスンが続けられており、一件記録によっても抗告人が同レッスンの必要性に異議を唱えていた等の事情も窺えないことからすると、これを特別の学費として算定するのが相当である(なお、本件男性講師以外の学校外講師に習ったとしても、上記程度の月謝は必要であると推認されることは、前記説示のとおりである。)。相手方は、二女と長男についても、通学交通費、長男の学習塾費用等が必要であり、特別の学費として婚姻費用分担金の算定において、これらの費用を加算すべきであると主張する。しかし、二女は中学2年生、長男は中学1年生であり、長男は平成27年×月×日で学習塾を退塾しているところ、一件記録によっても、これら費用を抗告人に負担させてまで、二女及び長男を従前の中学校に通学させること及び長男を学習塾に通塾させることが相当であるとみるべき事情は認められない。」
2.2 裁判例の分析
①の裁判例によれば、学習塾などの習い事の費用は、監護親が通常の婚姻費用の範囲内で行うべきものであり原則として非監護親に対し負担を求めることができないものの、習い事の費用について夫婦間で合意がある場合や子供が受験期にあり学習の必要性が高い場合等には婚姻費用に加算して習い事の費用を請求することができる可能性があるということになります。
②の裁判例は、習い事の費用等について「子らの生活費指数において考慮されている教育関係費相当部分の枠内において賄うべきもの」としているところ、①の裁判例と同様の考えを前提としているといえます。
③の裁判例は、バイオリンのレッスン料を婚姻費用に加算することを認めるもので、その評価は分かれ得るところです。しかし、私立高校の音楽科でバイオリンを専攻しているという状況では通学先の学校の講師によるバイオリンの個別レッスンはその必要性が高いとも考えられるところ、③の裁判例をこのように理解する場合は①の裁判例と整合的に理解することが可能です(実際、中学生である二女及び長男については通学交通費や学習塾の費用加算を認めてはいません。)。
3 裁判例を踏まえた実際の対応
上記①~③の裁判例を前提にすると、子供が夫婦の同居中から通っていた塾や習い事の費用を婚姻費用に加算して請求するというのは容易ではないと考えられるところ、子供の塾や習い事の費用について婚姻費用に加算して欲しい場合には以下の対応を取るべきことになります。
・まずは、「離婚問題が子供の教育環境に悪影響を及ぼさないようにする」という夫婦間で共通する可能性のある考えを前提として、費用負担について夫婦間で協議し合意を目指す。
・費用負担について合意できない場合、通塾等の必要性の高さ等を具体的に主張立証していくことで塾や習い事の費用の加算を請求することを検討する。
※本記事では、婚姻費用への塾や習い事の費用の加算に関するポイントをご紹介いたしました。
しかし、実際の事案では個別具体的な事情により法的判断や取るべき対応が異なることがあります。
そこで、婚姻費用の合意についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。