別居後に夫が受給した児童手当を渡してもらうことは可能ですか?

その他の離婚問題に関するQ&A

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別居後に夫が受給した児童手当を渡してもらうことは可能ですか?

Question

夫との別居後しばらくして一緒に暮らす子供の児童手当の受給者変更手続を行ったのですが、変更手続前の児童手当(数か月分)については夫がすでに受給しています。

夫が受給した別居後の児童手当を渡してもらうことは可能でしょうか。

Answer

児童手当は、夫婦の同居中は夫婦のうち収入が高い方に受給権があり、夫婦の別居後には子供と同居する親に受給権があります。
そのため、別居後に子供と同居していない夫が児童手当を受給し続けた場合、受給権がなくなったにもかかわらず児童手当を受給したとして不当利得が成立することから、妻は夫に対し不当利得返還請求を行うことが可能です。

もっとも、不当利得返還請求を裁判等により行おうとすれば時間も費用も掛かってしまうことから、以下の①及び②対応を取った上、それでも児童手当の清算ができない場合に児童手当の不当利得返還請求を行うことが推奨されます。

①別居後できる限り速やかに児童手当の受給者変更を行い、非監護親が児童手当を受給しないようにする。
②もしも非監護親が別居後の児童手当を一部受け取ってしまったと場合でも、できる限り財産分与の中で児童手当の清算を行い、離婚問題と児童手当を一緒に解決する。


監護親から非監護親に対する児童手当の請求の可否について、より詳しくお知りになりたい方は以下をご覧ください。

1 問題の背景

夫婦が同居している場合、子供の児童手当は夫婦のいずれか一方に支給されます。
また、夫婦が別居した場合でも、受給者の変更手続きを行わない限り、児童手当は同居時と同じ方法で支払われます。

そのため、受給者変更手続を知らなかった、住宅ローンの債務者になっている関係で住民票を異動できず受給者変更手続を行えなかった、などの理由により別居後に児童手当の受給者変更手続を行わないままとなっており、非監護親(子供と一緒に暮らしていない親)が児童手当を受給し続けているということがあります。

このような場合、非監護親が監護親(子供と一緒に生活している親)に対して受給した児童手当を渡してくれるのであれば問題はありませんが、非監護親が児童手当を渡してくれないということは少なくありません。

こうした状況に陥った場合、監護親は非監護親に対し児童手当を請求することができるのでしょうか。

2 児童手当の受給権者

児童手当の受給権者は、児童手当法により以下のとおり決まっています。

2.1 同居中

夫婦の同居中、児童手当は夫婦のうち収入が高い方に支給されます(児童手当法第4条第1項第1号、第3項)。

児童手当法第4条
1 児童手当は、次の各号のいずれかに該当する者に支給する。
一 次のイ又はロに掲げる児童(以下「支給要件児童」という。)を監護し、かつ、これと生計を同じくするその父又は母(当該支給要件児童に係る未成年後見人があるときは、その未成年後見人とする。以下この項において「父母等」という。)であつて、日本国内に住所(未成年後見人が法人である場合にあつては、主たる事務所の所在地とする。)を有するもの
イ 十五歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある児童(施設入所等児童を除く。以下この章及び附則第二条第二項において「中学校修了前の児童」という。)

3 第一項第一号又は第二号の場合において、父及び母、未成年後見人並びに父母指定者のうちいずれか二以上の者が当該父及び母の子である児童を監護し、かつ、これと生計を同じくするときは、当該児童は、当該父若しくは母、未成年後見人又は父母指定者のうちいずれか当該児童の生計を維持する程度の高い者によつて監護され、かつ、これと生計を同じくするものとみなす。

2.2 別居後

夫婦の別居後、児童手当は子供と同居している監護親に受給権があります(児童手当法第4条第1項第1号、第4項)。
そのため、監護親は、別居後に児童手当の受給者変更手続を行うことが認められています。

児童手当法第4条
4 前二項の規定にかかわらず、児童を監護し、かつ、これと生計を同じくするその父若しくは母、未成年後見人又は父母指定者のうちいずれか一の者が当該児童と同居している場合(当該いずれか一の者が当該児童を監護し、かつ、これと生計を同じくするその他の父若しくは母、未成年後見人又は父母指定者と生計を同じくしない場合に限る。)は、当該児童は、当該同居している父若しくは母、未成年後見人又は父母指定者によつて監護され、かつ、これと生計を同じくするものとみなす。

3 非監護親に対し受領済みの児童手当を請求できるか

上記のとおり、別居後に児童手当の受給権を有するのは監護親であるため、非監護親が児童手当を受給しているとすれば受給権がないにもかかわらず児童手当を受給していることになります。

そのため、監護親は、非監護親に対し、受領済みの児童手当が不当利得にあたるとして返還請求を行うことが可能です。

①東京地判平成30年11月19日(平成29年(ワ)第40048号)

「児童手当の受給要件については,父母が児童と同居している場合は,当該児童の生計を維持する程度の高い者によって監護され,かつ生計を同じくするものとみなされるとしても,父母が別居している場合には,当該児童と同居している父又は母によって監護され,かつ生計を同じくするものとみなされるから(児童手当法4条),別居親が受給した別居期間を対象とする児童手当については,別居親が同居親との関係で法律上の原因なく利得しているとみて,別居親から同居親に支払われるべきである。原告は,平成28年2月22日から被告と別居して長男を監護養育しており,被告が受給した同月分及び翌3月分の児童手当合計3万円(本件児童手当金)のうち平成28年3月分の1万5000円については,被告が原告との関係で法律上の原因なく利得しているとして,被告から原告に支払われるべきであり,これに反する被告の主張は採用しない。」

②東京地判平成29年11月6日(平成26年(ワ)第5966号)

「児童手当の受給資格者は,「児童を監護し,かつ,これと生計を同じくする父又は母」であるところ(児童手当法4条1項1号),被告は,平成23年3月7日に原告が子らを連れて本件マンションを出た後,子らとの交流もなかったものであり(甲21,乙16,原告本人,被告本人),子らの生活について通常必要とされる監督と保護を行っていたとは認められず,子らを「監護」していたとはいえない。そうすると,被告は,子らを監護していたとは認められない同月8日以降の分の児童手当に関しては,その受給資格を有していなかったものと認められ,同日以降,子らを監護し,かつ,子らと生計を同じくしていたと認められる(甲21,乙16,原告本人,被告本人)原告との関係において,上記児童手当相当額を不当に利得したというべきである。他方,同日より前の分の児童手当に関しては,受給資格を欠くものとは認められない。」、「以上によれば,原告は,被告に対し,被告が受給した平成23年2月分から平成25年5月分までの児童手当相当額48万8000円のうち,平成23年3月8日以降の児童手当相当額につき不当利得返還請求権を有するところ,証拠(甲14)によれば,その額は,45万6130円(=48万8000円-2万6000円(同年2月分)-5870円(同年3月1日から7日までの分))であると認められる。」

4 付随する法律問題

4.1 別居した月の児童手当

上記①の裁判例は、同居中の受給権者が別居した月の児童手当を受給できることを前提としています。
一方、②の裁判例は、監護親は別居日の翌日以降の児童手当について受給権を有しており、別居日の翌日以降の児童手当に居ついて非監護親に対する不当利得返還請求が可能と判断しています。

このように別居した月の児童手当については裁判所の判断が分かれているところですが、児童手当法の規定による限り、別居日の翌日以降は監護親に児童手当の受給権が帰属するものと考えられるところです。

4.2 遅延損害金等の起算日

非監護親が受領した児童手当を話合いの中で渡してもらおうとする場合、通常は遅延損害金までは請求しません。

一方、非監護親が児童手当の返還に応じない場合、裁判手続により児童手当の不当利得返還請求を行うことを検討することになりますが、裁判を行う場合には最大限の請求を行うべく遅延損害金等を請求すべきです。

その場合、遅延損害金の起算日がいつとすべきかが問題となりますが、非監護親が「悪意の受益者」(民法第704条)にあたる場合には利得日である児童手当の受給日が民法704条の利息の起算日となり、非監護親が「悪意の受益者」にあたらない場合には請求の日の翌日(民法第412条第3項、同第140条)が遅延損害金の起算日となります。

悪意の受益者性の判断については以下の裁判例が参考になりますが、児童手当法の規定上、子供と同居する親が児童手当の受給権者であり、子供と同居していない親は児童手当を受給できないことが一義的に明らかであることに照らすと、児童手当を受給した非監護親は「悪意の受益者」にあたる可能性は十分にあるものと考えます。

岡山地判令和4年9月7日(令和3年(行ウ)第11号

「民法704条の「悪意の受益者」とは法律上の原因のないことを知りながら利得した者をいうところ、「法律上の原因」の有無は法的な評価にかかわる問題であるから、それを基礎付ける事実から法律上の原因のないことが明らかであるような場合でない限り、事実を認識していることをもって直ちに「悪意の受益者」に当たるということはできないというべきである。」

5 実際の対応

以上のとおり、監護親は、非監護親に対し、別居後の児童手当につき不当利得返還請求を行うことが可能です。

もっとも、不当利得返還請求を裁判等により行おうとすれば時間も費用も掛かってしまうというデメリットがあります。
そこで、以下の対応を取った上、それでも児童手当の清算ができない場合に児童手当の不当利得返還請求を行うことが推奨されます。

①別居後できる限り速やかに児童手当の受給者変更を行い、非監護親が児童手当を受給しないようにする。
②もしも非監護親が別居後の児童手当を一部受け取ってしまったと場合でも、できる限り財産分与の中で児童手当の清算を行い、離婚問題と児童手当を一緒に解決する。


※本記事では「非監護親に対し受領済みの児童手当を請求できるか?」についてご紹介いたしました。
しかし、実際の事案では個別具体的な事情により法的判断や取るべき対応が異なることがあります。

そこで、別居後の児童手当についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。