交通事故裁判、相手が無断欠席…こちらの請求は全て通る?「擬制自白」の仕組みと注意点
Question
交通事故に遭ったのですが、加害者が任意保険に加入していなかったため、加害者本人に治療費や慰謝料などを請求しました。
しかし、加害者が請求を無視し続けたため、加害者に対する裁判を起こしたのですが、加害者は裁判の期日に出頭せず、書類も何も提出しませんでした。
そのため、擬制自白が成立し裁判が終了したのですが、この場合、賠償金の金額についても擬制自白が成立し、裁判所は加害者に対し請求額どおりの支払を命じる判決を出しますか?

Answer
相手方が裁判を欠席し、何も反論してこない場合、「擬制自白」といって、こちらが主張した「事実」については相手も認めたものとして扱われます。
しかし、賠償金の「金額」については、必ずしも全額が自動的に認められるわけではありません。
なぜなら、賠償金の算定には、単なる事実だけでなく、法律的な観点からの評価(これを「法的評価」といいます。)が必要になるからです。
例えば、
・治療費や修理費など、実際にかかった費用:これらは「支出した金額」については擬制自白が成立します。ただし、その支出が事故により生じた損害にあたるか(相当因果関係)という点は法的評価が必要となります。もっとも、相手が事実を争わない以上、相当因果関係に疑義が生じない限り、請求額どおりの賠償金が認められる見通しです。
・慰謝料や車の評価損など、金額の算定に法的評価が必要なもの:これらは、具体的な支出を伴わない損害であり、その金額をいくらにするべきかという算定自体に裁判所の法的評価が必要です。そのため、裁判所が個別の事情を考慮して相当な金額を判断することとなり、請求額がそのまま認められるとは限りません。
・過失相殺による減額の可能性:交通事故の状況(事故態様)という事実については擬制自白が成立します。しかし、その事故態様を前提として、当事者双方にどれくらいの過失があったのか(過失割合)を判断するのは法的評価です。相手方が過失相殺を主張しなくても、裁判所は職権で過失相殺を行うことができるとされているため、最終的に認定された損害額から過失相殺される可能性もあります。
つまり、相手の欠席によって裁判を有利に進められる可能性は高まりますが、特に賠償金の「金額」については、最終的に裁判所が法的な観点から判断するため、請求額どおりに全てが認められるわけではない、という点に注意が必要です。
この記事では、交通事故裁判で相手が欠席した場合の「擬制自白」と、それが賠償金にどう影響するのか、裁判例も交えながら分かりやすく解説します。
1 「擬制自白」とは?~相手の欠席が裁判に与える影響~
裁判の中で相手方の主張した事実争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなされます(民事訴訟法159条1項)。
これを擬制自白といいますが、裁判を起こされた被告が、裁判の期日に出頭せず、原告の主張する事実を争う旨を記載した答弁書の提出もしない場合には擬制自白が成立します(民事訴訟法159条3項)。
自白が成立した事実については証明する必要がなくなる上(民事訴訟法179条)、裁判所は自白が成立した事実に拘束されます。
民事訴訟法159条
1 当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。
2 相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。
3 第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。
民事訴訟法179条
裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。
擬制自白については、詳しくは以下の記事をご覧ください。
関連記事:【放置は危険!】擬制自白とは?裁判で不利にならないための基礎知識を弁護士が解説
2 交通事故の賠償金の金額と「擬制自白」~なぜ全額認められるとは限らないのか~
2.1 自白の対象は「事実」のみ、「法的評価」は対象外
自白の対象はあくまで「事実」(民事訴訟法159条、179条)であり、事実ではない「法的評価」などは自白の対象外となります。
そのため、慰謝料などの賠償金の金額が「事実」であれば、擬制自白が成立することにより裁判所は自白が成立した賠償金の支払いを命じる判決を出さなければなりません。
一方、慰謝料などの賠償金が「法的評価」であれば、擬制自白が成立しないことから、裁判所は請求額とは異なる賠償金額を認定することが可能ということになります。
2.2 重要なポイント:「相当因果関係」も法的評価
交通事故により生じる損害としては、治療費、通院交通費、休業損害、慰謝料(傷害慰謝料、後遺傷害慰謝料)、弁護士費用、自動車の修理費、評価損などがあります。
これらの損害は、いずれも損害が発生したというためには少なくとも事故と損害の間に相当因果関係が認められる必要がありますが、相当因果関係の有無の判断は法的評価です。
そのため、交通事故により発生した損害を認定する場合、法的評価を避けることはできません。
したがって、厳密にいえば交通事故の賠償金の金額はもれなく「法的評価」を含むといえます。
2.3 損害項目ごとの検討
損害額自体に法的判断を含む損害項目と、主に事故と損害の相当因果関係の有無についてのみ法的評価が必要な損害項目とがあります。
たとえば、治療費や修理費に関し、「治療費として病院に○○万円を支払った。」、「修理費として修理工場へ○○万円」を支払ったというのは「事実」であり、必要な法的評価は治療や修理の必要性、相当性という相当因果関係に関する部分に限られます。
一方、慰謝料や評価損は、治療費や修理費とは異なり具体的は費用支出を伴わないため、損害額自体に法的評価を含むといえます。
関連記事:不倫の慰謝料請求で相手が出廷しなかったら?擬制自白と慰謝料額の関係を裁判例で解説
2.4 過失相殺割合も自白の対象外
加害者と被害者にどの程度の過失があるかというのは法的評価であるため、過失相殺割合についても自白は成立しません。
3 【ケース別解説】裁判例から見る「擬制自白」と賠償金の判断
相手方が欠席し擬制自白が成立した場合でも、賠償金の全てが請求どおりに認められるわけではありません。
ここでは、損害の種類や主な争点別に、実際の裁判例がどのように判断しているのかを見ていきます。
3.1 治療費・修理費など「相当因果関係」のみ法的評価が必要なケース
3.1.1 代車費用、駐車場料金、弁護士費用について相当因果関係の有無を判断したケース
裁判例①では、被告が原告の主張を争うことを明らかにせず擬制自白が成立する事案においても、裁判所は相当因果関係のある限度でのみ原告の請求を認定することを明示しています。
その上で、実際の支出金額自体には自白が成立している代車費用、駐車場料金について事故と相当因果関係のある損害の範囲を具体的に認定しています。
名古屋地裁令和5年3月1日(令和4年(ワ)第11036号)
「1 被告は、適式の呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。
2 請求原因1及び2によれば、被告は、民法709条に基づき、本件事故と相当因果関係のある限度で、原告に生じた損害を賠償する責任を負うこととなる。
3 そこで本件事故と相当因果関係のある原告の損害について検討すると、以下のとおりである。
(1) 修理費124万1526円
(2) 代車費用
裁判所は、原告が主張する具体的事実、すなわち、代車の使用やこれに伴う代車費用の債務負担についての自白には拘束されるが、代車の単価の相当性や代車使用期間のうちどの範囲が本件事故と相当因果関係を有するかという法的判断についてまで拘束されるものではない。
そこで、これらについて検討する。
まず、日額4290円という代車費用には相当性が認められる。
また、代車の期間について、原告車が外国製の自動車であること、修理見積額が124万1526円と高額であることなど、修理期間(部品の取寄せが必要な場合はこれを含む。)が長期に及ぶ可能性があることを考慮しても、90日の限度で相当因果関係が認められるしたがって、本件事故と相当因果関係のある代車費用は、38万6100円(4,290×90=386,100)と認められる。
(3) 駐車場料金
上記(2)と同様、裁判所は、原告が主張する具体的事実、すなわち、原告が代車のために、別途駐車場を借り受けたこと等についての自白には拘束されるが、駐車場料金の相当性や駐車場使用期間のうちどの範囲が本件事故と相当因果関係を有するかという法的判断についてまで拘束されるものではない。
そこで、これらについて検討する。
まず、月額6600円という駐車場料金には相当性が認められる。
そして、上記(2)のとおり相当な代車期間が90日に制限される以上、相当な駐車場使用期間も90日に限られるというべきである。
したがって、本件事故と相当因果関係のある駐車場料金は、1万9800円と認められる。(4) 弁護士費用 本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、上記(1)ないし(3)の合計額164万7426円の約10%に相当する16万円と認められる。」
3.1.2 通院交通費について相当因果関係の有無を判断したケース
裁判例②では、相当因果関係に疑義のない治療費、修理費、携行品損害については自白が成立した原告の請求額どおりに損害を認定しています。
一方、相当因果関係に疑義が生じた通院交通費については、自白が成立した実際の支出金額のうち相当因果関係のある損害の範囲を具体的に認定しています。
大阪地裁令和5年9月6日(令和4年(ワ)第11036号)
「3 原告の損害額は、以下のとおりであると認められる。
(1) 人的損害
ア 治療費合計8万3130
イ 通院交通費合計8640円
(ア)●●病院90円
原告が請求する●●病院への往復の交通費の請求のうち、片道分(90円)については、原告の父親が同院へ向かう際の交通費であるところ、原告の受傷内容等に照らすと、付添いの必要性は認められない。
●●病院への交通費については、原告が同院から帰宅する際の交通費(90円)についてのみ、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
(イ)▲▲整形外科8550円
ウ 付添費用0円
原告の受傷内容等に照らすと、付添いの必要性は認められない。
エ 慰謝料60万0000円
原告の受傷内容、通院期間等に照らすと、上記金額が相当である。
オ 前記アないしエの合計額69万1770円
カ 過失相殺後の金額55万3416円
前記認定の過失割合に基づき、原告に2割の過失相殺をする。
キ 人身傷害補償保険金の充当後の額36万6810円
原告に支払われた人身傷害補償保険金32万4960円のうち原告の過失分に相当する額
(13万8354円)を除いた18万6606円が上記カの金額に充当される。
ク 弁護士費用3万6681円
本件の内容及び事案の難易等に照らすと、弁護士費用は上記金額が相当である。
ケ 損害合計40万3491円
(2) 物的損害
ア 修理費用37万6590円
イ 携行品損害4万7000円
(ア)ヘルメット7000円
(イ)ズボン6000円
(ウ)スマートフォンガラスフィルム4000円
(エ)Airpods 3万円
ウ 前記ア及びイの合計42万3590円
エ 過失相殺後の金額33万8872円
前記認定の過失割合に基づき、原告に2割の過失相殺をする。」
3.1.3 休業損害について擬制自白の成立を認めたケース
休業損害は、基本的に「1日あたりの基礎収入」×「休業日数」という計算式により算出します。
この「1日あたりの基礎収入」と「休業日数」はいずれも「事実」であるため、事故と休業の相当因果関係に疑義がない限り、請求額どおりの休業損害が裁判所に認定されることになります。
大阪地裁令和3年6月18日判決(令和3年(ワ)第1419号)
「3 原告の損害は,次の通り認められる。
(1) 人的損害
ア 治療費(擬制自白) 28万5670円
イ 通院交通費(擬制自白) 1万6128円
ウ 休業損害261万0267円
382万6300円/年(擬制自白)÷365日≒1万0483円/日
1万0483円/日×249日間(擬制自白)=261万0267円
エ 傷害慰謝料92万2666円
通院期間等(擬制自白)を考慮した。
オ 手摺取付工事費用(擬制自白) 9万9000円
カ 逸失利益82万8279円
後遺障害の性質及び程度(擬制自白)から,基礎収入382万6300円/年(擬制自白)について,労働能力を5年間(対応するライプニッツ係数は4.3294),平均5%喪失したものと認める。
382万6300円/日×4.3294×5%≒82万8279円
キ 後遺障害慰謝料110万0000円
後遺障害の程度等(擬制自白)を考慮した。
(2) 物的損害
ア 車両時価(擬制自白) 6万9800円
イ 廃車費用(擬制自白) 1万0800円」
3.1.4 車の時価相当額が問題となったケース
裁判例④では、原告が主張する物的損害は全損した車両の時価相当額ではなく新車購入費用であるとして事故と損害の因果関係を否定した上、時価相当額を相当因果関係がある損害として認定しています。
一方、相当因果関係の有無に疑義がない場合には、物的損害についても「擬制自白」が成立しているとして、自白により損害額が認定されています(裁判例③)。
大阪地裁令和3年9月29日判決(令和3年(ワ)第3245号)
「原告の損害は,次の通り認められる。
(1) 人的損害
ア 治療費(擬制自白) 4万6650円
イ 傷害慰謝料108万0000円
通院期間等(擬制自白)を考慮した。
ウ 眼鏡代(擬制自白) 1万3200円
(2) 物的損害
ア 買替費用(原告車時価) 10万0000円
物的損害の賠償額は,低額で修理できるような特段の事由のない限り,滅失毀損当時の交換価格,すなわち時価により定められる(最高裁第一小法廷昭和32年1月31日民集11巻1号170頁参照)。
弁論の全趣旨によれば,原告車の時価は,10万円と認めるのが相当である。原告主張の買替費用(甲2)は新車購入費用であり,損害とは認められない。
イ レッカー代(擬制自白) 3万8000円
ウ 代車料(擬制自白) 17万6000円」
3.2 慰謝料など「金額算定自体に法的評価」が必要なケース
慰謝料などは、具体的な現実の費用支出を観念できるわけではなく、金額の算定自体に裁判所の法的評価が不可欠です。
3.2.1 傷害慰謝料、後遺障害慰謝料が問題となるケース
裁判例⑤では、傷害慰謝料や後遺障害慰謝料が自白の対象外であることが明示されています。
では、裁判所は具体的にどのように慰謝料額を算定するかというと、自白が成立する「事実」である「傷病名」、「通院期間」、「後遺障害の性質及び程度」をもとに、裁判所が法的評価を行い具体的な慰謝料額を判断します(裁判例⑥)。
大阪地裁平成27年12月10日判決(平成27年(ワ)第11055号)
「本件は、I(以下「I」という。)運転の自転車と被告運転の普通自動二輪車との間の交通事故について、原告が、自動車損害賠償保障法72条1項に基づいてIの損害を填補したとして、同法76条1項に基づき、被告に対し、その求償を請求した事案であるところ、自白の直接の対象とならない、慰謝料金額の算定及び過失相殺割合について検討する。」
東京地裁平成28年10月12日判決(平成28年(ワ)第24330号)
「1 自白の成立
被告は,本件口頭弁論に出頭せず,答弁書その他の準備書面も提出しないから,請求原因1ないし5(3)及び同6の事実はいずれもこれを自白したものとみなす。
2 相当な慰謝料の金額
原告の傷害慰謝料については,前記1で認定した傷病名及び通院経過からすると,180万円が相当である。
原告の後遺障害慰謝料については,上記1で認定した後遺障害の程度によれば,110万円が相当である。
3 弁護士費用及び損害額の合計
前記1で自白されたものとみなした損害額と前記2で認定した慰謝料額を合計すると,2550万6035円となる。
上記損害額その他本件に顕れた事情に鑑みると,本件と相当因果関係ある弁護士費用は255万円が相当である。」
3.2.2 後遺障害の逸失利益が問題となったケース
後遺障害の逸失利益は、「基礎収入」×「労働能力喪失率」×「労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」という計算式により算定するのが一般的です。
このうち「基礎収入」は「事実」であるものの、「労働能力喪失率」と「労働能力喪失期間」は「法的評価」です。
そのため、後遺障害の逸失利益は金額自体に「法的評価」を要する損害項目であるといえます。
裁判例⑦では、後遺障害の逸失利益が明白に自白の対象外であることが示されています。
一方、裁判例⑧では、後遺障害逸失利益について「擬制自白」により損害額が認定されています。
しかし、厳密にいえば、裁判例③が述べるように、「擬制自白」が成立するのは、後遺障害の性質、程度及び基礎収入額という事実であり、これらの事実に労働能力喪失率、労働能力喪失期間という法的評価を加えて逸失利益の金額を算出するというのが正確な理解になります。
ただし、後遺障害逸失利益のように算定基礎となる前提事実の大部分に自白が成立する損害については、事実上、損害額の認定に関する裁判所の法的評価の余地が少ないため、請求額どおりに認定されることが多いといえます。
東京地裁平成29年10月17日(平成28年(ワ)第35976号)
「自白の対象となるのは事実のみであり,逸失利益相当の損害額及び慰謝料額については,擬制自白が存在する場合であっても,裁判所はこれに拘束されないものと解するのが相当である(東京地方裁判所昭和40年(ワ)第4265号同年10月18日判決,福岡地方裁判所昭和45年(ワ)第1083号同年9月30日判決参照)」
大阪地裁令和2年12月24日判決(令和2年(ワ)第2564号)
「(1) 同(1)(治療費(文書料を含む)),同(2)(通院交通費),同(3)(交通事故証明書発行料),同(4)(休業損害)の事実は,被告において争うことを明らかにしないものと認め,これを自白したものとみなす。
(2) 同(5)(傷害慰謝料)のうち,訴外Cが頚椎捻挫等の傷害により779日間の通院を余儀なくされたことは,被告において争うことを明らかにしないものと認め,これを自白したものとみなし,この事実に照らすと,訴外Cの傷害慰謝料は,原告の主張のとおり120万8340円を認めるのが相当である。
(3) 同(6)(後遺障害慰謝料)のうち,訴外Cが本件事故により①強い右膝痛,下肢違和感等の症状,②頚部通,頚部違和感につき,それぞれ「局部に神経症状を残すもの」として自賠法施行令別表第二併合第14級に相当する後遺障害が認められたことは,被告において争うことを明らかにしないものと認め,これを自白したものとみなし,この事実に照らすと,訴外Cの後遺障害慰謝料としては110万円を認めるのが相当である。
(4) 同(7)(後遺障害逸失利益)の事実は,被告において争うことを明らかにしないものと認め,これを自白したものとみなす。
(5) 同(1)から(4)までの小計は,427万6125円となる(別紙損害額一覧表参照)。 (6) 上記事故態様に照らすと,本件事故による過失割合は,訴外Bが70%,被告が30%と認められる」
3.2.3 車の評価損が問題となったケース
車の評価損(事故車になることで自動車の評価額が下がる損害)は、通常、「自動車の修理費用相当額」×「相当割合」との計算式で算定されます。
「自動車の修理費用」は、実際に支出となる「事実」であるものの、「相当割合」が法的評価そのものであるため、金額自体に「法的評価」を要する損害項目であるといえます。 裁判例⑨では、評価損のうち「相当割合」について自白の対象ではないことを明確に述べています。
奈良地裁平成8年1月26日判決・交民 29巻1号140頁
「被害車の評価落ち損については、裁判所は具体的事実である修理費の額につき自白に拘束されるものであり、評価落ち損をその何割とするかの評価の点については、慰謝料と同様に裁判所は自白に直ちに拘束されるものではないと解されるから、これを修理費の三割に当たる七〇万四五二〇円の限度で認めることにする。」
3.3 (補足)弁護士費用についての実務上の扱い
弁護士費用も本来的には実際に支出を要する損害項目であるものの、実務上、損害額の約1割に相当する金額が自己と相当因果関係のある弁護士費用と認定されることから、裁判の中で実際に支出が必要となる弁護士費用を主張立証することはほとんどありません。
そのため、弁護士費用については、原告が支払った弁護士費用額について自白が成立するということは稀であり、金額の算定自体に法的評価を含むケースといえます。
3.4 過失割合が問題となるケース
事故態様という「事実」に擬制自白が成立しても、それに基づく過失割合の判断は「法的評価」です。
また、相手が過失相殺を主張しなくても裁判所は証拠に基づいて過失相殺を行うことができるため、裁判所は自白が成立した事故態様を前提として過失相殺割合を認定します(裁判例⑤、②、⑦)。
4 まとめ
本記事では、交通事故裁判で相手が欠席した場合の「擬制自白」と賠償金の関係について解説しました。
あらためて、この記事のポイントをまとめると以下のとおりです。
・相手が裁判を欠席し何も反論しなければ「擬制自白」が成立し、あなたが主張した「事実」(事故の状況、かかった治療費など)は、相手も認めたものとして扱われます。
・そのため、このため、治療費や修理費といった具体的な支出を伴う損害の「事実」については、事故との関連性(相当因果関係)が明白に否定されない限り、請求どおりの賠償金が認められる可能性が高いです。
・しかし、慰謝料の金額、後遺障害による逸失利益の具体的な算定、車の評価損、そして過失割合といった、金額の算定や割合の判断に「法的評価」が不可欠な部分については、たとえ相手が欠席しても、裁判所が最終的にその妥当性を判断します。したがって、これらの項目は請求額がそのまま認められるとは限りません。
・それでも、事故の態様や損害発生の基礎となる「事実」について擬制自白が成立することで、証拠調べの手間が大きく省けるなど、裁判を有利に進められることは間違いありません。
相手が裁判に出てこない場合でも、法的に適切な主張と、それを裏付ける証拠の提出をしっかりと行うことが、適正な賠償を得るためには非常に重要です。
※本記事では「交通事故裁判で相手が欠席した場合において、擬制自白で慰謝料などの賠償金は全額認められるか?」について解説いたしました。
しかし、実際の事案では個別具体的な事情により法的判断や取るべき対応が異なることがあります。
そこで、法律問題についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。