相続放棄は取り消せますか?

相続放棄に関するQ&A

相続放棄に関するQ&A

相続放棄は取り消せる?

Question

父の相続発生後、母に全財産を相続させようと考えて相続放棄をしたのですが、結果として父のきょうだいに相続権が発生することになりました。

このような場合、相続放棄を取り消すことは可能ですか?

Answer

相続放棄は、①錯誤取消しの要件(民法第95条)を満たし、②追認することができるときから6か月以内、かつ相続放棄の時から10年以内に家庭裁判所へ相続放棄の取消申述を行った場合には相続放棄を取り消すことが可能です(民法第919条第2項ないし第4項)。

自身が相続放棄した後に誰が相続人となるのかという点に関する認識に錯誤があった場合においては、上記認識に基づいて相続放棄を行う旨が家庭裁判所、または相続放棄により事実上及び法律上影響を受ける者に対して表示されていたのであれば相続放棄が認められる可能性があります。

もっとも、相続放棄の取消申述が受理された場合でも取消しの効果が確定するというわけでなく、事後的に相続放棄取消しの効果が争われる可能性があるため、あらかじめ十分に調査検討した上で相続放棄の取消申述を行い、相続放棄の取消申述が受理された後も取消原因が存在することを証明する資料を保管しておくことが重要です。


相続放棄の取消しについて、より詳しくお知りになりたい方は以下をご覧ください。。

1 実質的な遺産分割を目的とする相続放棄

1.1 問題の背景

被相続人の配偶者など特定の相続人に全財産を相続させようとする場合、通常は特定の相続人が遺産を全て取得するとの内容の遺産分割協議書を作成するか、相続分の譲渡を行うことになります。

しかし、被相続人の預貯金の解約について相談した金融機関の担当者や相続問題について相談した専門家などから、相続放棄を行うのが簡便であるとして相続放棄を行うように勧められることがあります。
そして、その勧めに従って相続放棄をしたところ、亡くなった方のきょうだいに相続権が発生してしまい意図しなかった結果を招く可能性があります。

1.2 具体的に問題になる場合

民法上、配偶者は常に相続人となりますが、その他の相続人の相続順位は以下のとおり決まっています。

第1順位(民法第887条)
被相続人の子または代襲相続人

第2順位(民法第889条第1項第1号)
被相続人の直系尊属(父母、祖父母など)のうち親等が近い者

第3順位(民法第889条第1項第2号、第2項)
被相続人の兄弟姉妹またはその代襲相続人である甥姪

先順位者の相続人が存在しない場合には次順位者が相続人となるため、例えば被相続人の配偶者に全財産を相続させるために子供(第一順位者か)が相続放棄した場合や父母等(第二順位者)が相続放棄した場合には次順位者が相続人となってしまいます。

このような場合でも、相続人となった次順位者が相続放棄をしたり相続分の譲渡に応じてくれるのであれば、結果的にあまり大きな問題にはなりません。
しかし、相続人となった次順位者が所在不明で連絡を取れない場合や次順位者が相続権を主張する場合があるため、まずは相続放棄の取消しを検討する必要があります。

2 相続の取消し

2.1 法令

民法第919条で規定されているとおり、相続放棄はいったん行うと事後的に撤回することはできませんが、相続放棄に係る意思表示に瑕疵があった場合などには、相続放棄を取り消せる可能性があります。

民法第919条

1 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
4 第二項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

2.2 相続放棄の取消しをできる場合

具体的には、①成年被後見人などの制限行為能力者が相続放棄を行った場合(民法第5条、第9条、第13条第1項第6号)、②錯誤により相続放棄を行った場合(民法第95条)、③詐欺や強迫により相続放棄を行った場合(民法第96条第1項)④後見監督人がいる場合にその同意なく相続放棄を行う場合(民法第864条、第865条)に相続放棄の取消しを行うことができます。

相続放棄の取消しの方法としては、「追認することができる時から6か月以内」かつ「放棄の時から10年以内」に家庭裁判所に申述する必要があります(民法第919条第3項、第4項)。

追認をすることができる時とは?

「追認をすることができる時」とは、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った時(民法第124条参照)を指します。
具体的には、制限行為能力者が行為能力者となったり表意者が意思表示の瑕疵を認識した上、取消権を有することを知った時を指すことになります。

相続放棄申述の取下げ

相続放棄申述書を家庭裁判所に提出した場合、提出した時点で受付はされる一方で受理されるまでには一定期間を要するところ、受理される前であれば申述を取り下げることが可能です(家事事件手続法第82条第1項)。
相続放棄の取消しは受理後にその取消しを行う一方、相続放棄の申述の取下げは受理前に申述の取下げを行うという点で異なります。

法定単純承認との関係

民法第921条第3号では、相続放棄後に相続財産を隠匿した場合や私にこれを費消した場合などには相続を単純承認したものとみなされます。
そのため、相続放棄後に相続財産を正当な理由なく消費した場合には相続放棄の効力を否定できる可能性がありますが、これは次順位者が相続の承認をする前である必要があります(同号ただし書)。

3 相続放棄の錯誤取消し

3.1 要件

相続放棄の前提とした事情に錯誤があった場合において、錯誤取消しが認められるには以下の要件を満たす必要があります(民法第95条)。

①表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤があること
②①の錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること
③①の事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと

上記③に関し、相続放棄は相手方のない単独行為であるところ、「①の事情が法律行為の基礎とされていること」は誰に対し表示されていればよいのかが問題となります。

この点について、以下の裁判例(㋐~㋑)に照らすと、相続放棄の手続の中で家庭裁判所に対し表示されている場合のほか、相続放棄により事実上及び法律上影響を受ける者に対して表示されている場合には③の要件を満たす可能性があります。

東京高判昭和63年4月25日高民41巻1号52頁

「本件のように、当該放棄の結果、法律上正当な相続人として認められるべき者が誰であるかに関する錯誤は、相続放棄をするに至つた動機に存するものといわざるを得ないが、相続放棄が講学上いわゆる相手方のない単独行為である点に着目するならば、かかる動機は、少なくとも相続放棄の手続において表示され、受理裁判所はもとより、当該相続放棄の結果反射的に影響を受ける利害関係者にも知り得べき客観的な状況が作出されている場合においては、表示された動機にかかる錯誤として、民法九五条により当該放棄の無効が認められるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記認定のとおり、被控訴人が相続の放棄をした場合には平三郎の遺産は真実はなつがすべて相続することになるにも拘わらず、被控訴人は、平三郎の弟や妹にその遺産を承継させる意図の下に、この意思を東京家庭裁判所における審問の中で明確にしたうえ、相続放棄の申述をしているのであるから、被控訴人がした本件相続放棄の意思表示は、民法九五条にいう法律行為の要素に錯誤がある場合に該当するものといわざるを得ない。」

㋑福岡高判平成10年8月26日判時1698号83頁

「花子及び控訴人らは、詳細は不明であるものの、太郎には被控訴人会社ら以外の一般債権者からの多額の借金がある旨、他方、本件株式は所在不明であり、本件株券がなければ株主としての権利行使もできない旨、また、太郎を相続しても多額の借金を相続するだけである旨の話を聞かされて、これを信じ、結局は太郎の過大な債務のみを承継させられるものと誤信し、これを回避することを動機として、本件申述に及んだものと認められる。ところが、現実には、一般債権者からの多額の借入など現在に至るまで出てきておらず、株主としての権利行使に関しても、法律上誤った情報を信じて、右誤認の上、本件申述に及んだのであるから、花子及び控訴人らは、錯誤により本件申述をしたと認められる。ところで、相続放棄の申述に動機の錯誤がある場合、当該動機が家庭裁判所において表明されていたり、相続の放棄により事実上及び法律上影響を受ける者に対して表明されているときは、民法九五条により、法律行為の要素の錯誤として相続放棄は無効になると解するのが相当である。

3.2 効果

相続放棄の取消しは、家庭裁判所に申述しこれが受理されなければ取消しの効果は生じません。
もっとも、相続放棄の取消申述が受理されたとしても、相続放棄の取消しの有効性が確定するというわけではなく、事後的に相続放棄の取消しの無効が訴訟で争われる可能性はあります。

以下、相続放棄の取消しの有効性を事後的に争う裁判例についてご紹介いたします(㋓はクリックすると開きます。)。

㋒名古屋高金沢支判昭和42年11月15日高民20巻6号522頁

「もともと相続放棄取消の受理審判は、相続放棄の受理審判と同様、一応公証的意味を有するにとどまるものであること、相続の放棄またはその取消の申述を却下する審判に対しては即時抗告をなし得るが、右各申述の受理審判に対しては不服申立の道がなく(家事審判法第一四条、家事審判規則第一一五条第二項、第一一四条第一項、第一一一条)、利害関係人は別訴で相続放棄の有効、無効を争う以外に方法がないことなどを考え合せると、相続放棄取消受理の審判は、相続放棄の受理審判とともに、相続放棄の効力に関する実体的権利関係を終局的に確定するものではなく、右の実体的権利関係は、民事訴訟法による裁判によつてのみ終局的にこれを確定すべきものと解するのが相当であるから、被控訴人の上記相続放棄取消受理の審判は、何ら上記判断の妨げとなるものではないというべきである。」として、相続放棄の取消しの有効性について事後的に訴訟で争うことができる旨を判示。

㋓東京地判平成30年3月13日(平成29年(ワ)第6910号)

「前記前提となる事実によれば,原告は,東京家庭裁判所に対し,相続放棄の申述を行い,これが受理された後,更に相続放棄取消しの申述を行い,これが受理されたことが認められる。もっとも,相続放棄及びその取消しの有効性は民事訴訟において争うことができ,原告は,上記相続放棄は被告Y1による詐欺又は原告の錯誤によるものであるから,これを取り消すことができ,また無効である旨を主張する。そこで,この点について検討する。」、「錯誤の有無について検討すると,弁論の全趣旨によれば,原告は,Aが死亡した後,原告の母であるI(以下「I」という。)を通じて被告らからAの相続についてどうするかとの問い合わせがあったことを聞いたが,当時,原告は遺産の内容について関心がなく,Iを通じて,被告らに対し,遺産は不要である旨を伝えていたことが認められる。そうすると,原告は,相続放棄をすること自体に錯誤はなかったものということができるし,既に説示したとおり,被告Y1が預金の分配をする意思がなかったにもかかわらず,これを原告に秘したと認めることはできないから,この点に錯誤があるということはできないし,そのほかに原告が主張する錯誤の内容(被告Y2がHの養子であったことを知らなかったこと)は動機の錯誤にすぎず,意思表示の要素に錯誤があるとまで認めることはできない。そして,そのほかに原告の相続放棄の意思表示が無効となるべき錯誤があったと認めるに足りる証拠はない。したがって,原告は相続放棄取消しの申述を受理されているが,原告の相続放棄は有効であるものということができる(なお,相続放棄申述書は原告の真意に基づいて作成された以上,自署でないことをもって直ちに無効となるものではない。)。」として、相続放棄が有効(相続放棄の取消事由が認められず、相続放棄の取消しは無効。)と判示。

※㋓の他に相続放棄の取消しを無効(相続放棄が有効)と判断した裁判例としては、東京地判平成22年3月30日(平成20年(ワ)第32217号、平成21年(ワ)第16492号)、東京地判令和3年9月22日(平成31年(ワ)第3727号、令和元年(ワ)第12006号)などが存在します。

3.3 相続放棄と錯誤に関する裁判例

錯誤を理由として相続放棄を取り消せるかについては、以下の裁判例が参考になります(㋕~㋘についてはクリックすると開きます。)。

法改正による影響

錯誤の効果はもともと「無効」であったのですが、民法改正(平成29年法律第44号)により、令和2年4月1日からは取消しに変更されています。

その関係で、相続放棄と錯誤に関する裁判例は錯誤取消しではなく錯誤無効に関するものが大部分を占めるのですが、法改正前の錯誤無効に関する判断は基本的に法改正後の錯誤取消しにおいても妥当します。

なお、錯誤無効を主張する場合には相続放棄の取消申述ができないと考えられていたため(福岡高決平成16年11月30日判タ1182号320頁参照)、相続放棄の取消申述とは別の訴訟手続における裁判所の判断になります。

㋔高松高判平成2年3月29日(昭和63年(ネ)第274号、昭和62年(ネ)第178号、同第319号)

子供の父親の相続につき子供の母親が親権者として相続放棄した事案について、「本件相続放棄申述当時の参加人法定代理人春子の内心の意思は、太郎の遺産としては住宅ローン残債務約一〇〇〇万円のある太郎の居住建物及びその敷地以外にみるべき積極財産がなく、本件損害賠償債権が相続対象となるとの認識がなく、三〇〇〇万円に及ぶ多額の債務を参加人を含む子らが支払わなければならないから、その相続を放棄するというものであったが、実際にはそれ程多額の債務は存在せず、又、多額の本件損害賠償債権があったのであるから、右内心の意思と申述との間に錯誤があり、その不一致は重要な部分にあるから、本件相続放棄は要素の錯誤により無効であるといわざるを得ない。」として、相続放棄が錯誤により無効と判断。

㋕東京地判令和元年11月12日(令和元年(ワ)第18105号)

相続人(原告)が被相続人とは没交渉であった事案について、「原告は,本件被相続人には積極財産がなく,183万9173円の債務のみがあると信じて本件申述をしたところ,これが受理された後で,本件被相続人が,亡Bの遺産合計5568万5527円につき2分の1の相続分を有していたことを知ったものである。遺産分割未了の相続分についても,経済的利益を認めるのが相当である(最高裁平成29年(受)第1735号同30年10月19日第二小法廷判決・民集72巻5号900頁参照)ところ,本件申述時における原告の内心とは異なり,本件被相続人は積極財産を有していたのであるから,本件申述に係る意思表示には錯誤があり,当該錯誤が動機にとどまるということもできない。そして,前記相続分を合わせると,本件被相続人の積極財産が,その消極財産を大きく上回ることからすれば,通常人の観点からみても,本件申述には,重要な部分についての錯誤,すなわち要素の錯誤があると認められる。」として、相続放棄が錯誤により無効と判断。

㋖東京地判平成26年1月23日(平成25年(ワ)第10154号)

相続人(被告Y2)が相続放棄すれば他の相続人(原告ら)から月額15万円を支払ってもらえると信じて相続放棄を行った旨主張していた事案について、「原告らが被告Y2に対して,相続放棄を条件にマンションの管理料として月額15万円を支払うことを約束したとか,強く相続放棄を迫ったなどの事実を認めるに足りる証拠はない。」、「そもそも,被相続人の遺産は相続税評価額を前提としても総額2億2700万円余りであったのに対し,当時,被告Y2が負っていた負債額は少なくとも3000万円程度に上り,かつ被告Y2は無職で,見るべき資産もなかったことからすると,相続放棄をすること自体に合理性がないとはいえないし,仮に,被告Y2が,相続放棄をすれば,後に遺産の土地上に法人名義のマンションを建て,その1室をもらい受けるとともに,管理人として月額15万円の管理料を支払ってもらえると信じて,本件相続放棄の申述を行ったものであるとしても,かかる事情は相続放棄の内容ではなく,その動機にすぎないというべきであるから,これをもって法律行為の要素に錯誤があるということもできない。」として、錯誤無効を否定し、相続放棄を有効と判断。

㋗東京地判平成30年2月27日(平成28年(ワ)第42259号、同第42260号)

被相続人(亡A)が第三者から訴訟で数千万円を提起されており訴訟の見通しが立っていなかったという状況で相続人(原告)が相続放棄した事案について、「原告は,亡Aの資産と負債の状況について,錯誤があったため,相続放棄は無効であると主張するが,原告の相続放棄の判断が単に相続放棄の時点において亡Aの資産が債務を超過しているか否かという観点ではなく,前件訴訟の将来の推移も見越して行われるものであったことは前記のとおりである。そして,原告が本件取消の申述後も前件訴訟の結果次第で相続人としての地位を実質的に主張しないままであった可能性を否定できないことに照らせば,たとい原告が相続放棄の手続をとった時点で亡Aの負債が資産を大幅に上回るか否かについて錯誤に陥っていたとしても,錯誤がなかった場合に原告が相続放棄の手続をとらなかったとは認めるに足りず,原告の主張は採用できない。」、「したがって,相続放棄が錯誤により無効であることをいう原告の主張は理由がない。」として、錯誤無効を否定し、相続放棄を有効と判断。

㋘福岡地判平成31年4月12日判タ1482号73頁

被相続人(亡B)の保険会社(被告)に対する人身傷害保険金請求権が存在することを認識しつつ、相続人ら(原告)が相続放棄した事案について、「原告らは,Cの遺産分割に関する本件調停事件において,亡BがCに対して一定の債務を負うかが問題となったことから,遺産の範囲を確定させることを目的として,本件相続放棄を行ったことが認められるところ,このような経緯に照らせば,原告らは,本件相続放棄の際,亡Bの権利義務を承継しないという本件相続放棄の効果を認識していたものと考えられる。また,本件証拠上,原告らが,本件請求権について,本件調停事件の手続代理人弁護士から一定の助言を受け,又は裁判例や学説等を検討した事情はうかがわれないから,原告らは,本件相続放棄の際,本件請求権は自らに直接帰属し,亡Bの相続財産を構成しない旨を積極的に認識し,これを外部に表示したとはいえない。すると,本件請求権が亡Bの相続財産に属しないということが,本件相続放棄の法律行為の内容とされたものとは認められず,要素の錯誤があるとは認められない。」、「原告らは,仮に本件請求権が亡Bの相続財産に属することを認識していれば,本件調停事件においてDから主張されている債務を支払っても大幅に余剰が生じたのであり,相続放棄をするはずがないから,本件相続放棄には錯誤があった旨を主張する。しかし,相続財産が債務超過であると考えて相続放棄をした者について,相続財産が債務超過でないことが判明したことを理由にその錯誤無効を認めることは,相続放棄について期間制限(民法915条1項)をもうけた法の趣旨に反するものであって,単に相続放棄をした者が,相続財産は債務超過であると認識していたというだけで,直ちに当該相続放棄について法律行為の要素に錯誤があると認めることはできない。そして,本件相続放棄の際,本件請求権が原告らに直接帰属する旨の積極的誤信があったものと認められないことは,前示のとおりである。」として、錯誤無効を否定し、相続放棄を有効と判断。

なお、控訴審では法定単純承認が認められたため、相続放棄は効力を生じない旨判断されています。

3.4 裁判例の分析

上記㋔~㋘の裁判例に照らすと、相続財産の内容に関する認識に誤りがあった場合(㋔、㋕)については錯誤取消し(法改正前の錯誤無効)が認められやすい一方、相続財産の内容に関する認識には誤りがない場合(㋖、㋗)は、仮に相続放棄時に相続財産の評価が確定しておらず債務超過となっているかが不確定であったとしても錯誤取消しが認められない傾向にあるといえます。

また、相続放棄後に誰が相続人となるのかという点についての認識に誤りがある場合(3.1㋐)、上記認識が表示されているのであれば相続放棄が認められる傾向にあるといえます。

4 裁判例等を踏まえた実際の対応

上記「3.2 相続放棄の取消しの効果」のとおり、相続放棄の取消申述が受理されたとしても取消しの効果が確定するわけではありません。
そのため、相続放棄申述が受理されるべく対応することはもちろんですが、その後に相続放棄取消申述の無効が争われる場合に備えておくことが重要です。

具体的には、相続放棄について錯誤を理由に取り消すことができるかにつき、あらかじめ十分に調査検討した上で相続放棄の取消申述を行い、相続放棄の取消申述が受理された後も取消原因が存在することを証明する資料を保管しておくべきです。


※相続放棄の取消しに関する当事務所の解決事例はこちらをご覧ください。

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そこで、婚姻費用の合意についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。