状況
Hさんは、幼少期に両親が離婚したため、親権者とならなかった父とは長い間連絡が途絶えていました。
そんな中、Hさんは親族から父が亡くなったことを知らされたのですが、その親族も父の住所等は知りませんでした。
Hさんは、かつての父の経済状況が悪かったため、亡くなった時点でも父に借金があるのではないかと考えました。
また、そもそも父に遺産があっても相続を希望しないことから相続放棄を行いたいと考えました。
しかし、住所を知らない父の相続についての相続放棄のやり方がわからなかったため、父の相続発生の事実を知って2か月以上が経過しても相続放棄の手続を行わないままとなっていました。
相続放棄の熟慮期間内に相続放棄を行うにはどうしたらよいか思い悩んだHさんは、当事務所の弁護士に相続放棄についてのご依頼をされました。
弁護士の活動
被相続人であるHさんの父の住所は全く分からない状況でしたが、相続放棄は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ申述する必要があります。
父の住所を調べるためには、Hさんの戸籍から父の最後の戸籍をたどり、最後の戸籍の附票を取得することで調査可能ですが、このような調査を行うとHさんが父の相続発生を知ってから3か月が経過する可能性が高いといえました。
そこで、弁護士は家庭裁判所と調整の上、父の戸籍謄本等は取得後に追完すること及び父の最後の住所地が判明後に管轄裁判所への移送申立てを行う可能性があることを前提にHさんの住所地を管轄する裁判所へ相続放棄申述書を提出しました。
その後、父の戸籍謄本及び戸籍の附票等を取得後、父の最後の住所地がHさんの住所地とは異なることが判明したことから、相続放棄申述書の訂正申立て及び移送申立てを行いました。
その結果、Hさんが父の相続発生を認識してから3か月以内に相続放棄申述を行った上、同申述が家庭裁判所に受理されました。
ポイント
1 相続放棄の期間制限
相続放棄をするためには、自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月以内(熟慮期間)に家庭裁判所へ相続放棄申述を行う必要があります。
熟慮期間の起算日をいつとするかに関しては、以下の判例が出た後に、起算日をより柔軟に考える裁判例も多く出てきているところです。
このような熟慮期間の起算日を柔軟に考える裁判例を前提にすれば、今回のケースではHさんが親族から連絡を受けた時ではなく、Hさんが債権者から父の借金の請求を受けた時などが熟慮期間の起算日と判断される可能性もあります。
とはいえ、民法上、熟慮期間の起算日が「自己のために相続の開始があったことを知った日」とされている以上、相続開始を知ってから3か月経過した後に相続放棄申述を行うことにはリスクがあるため、特段の事情がない限り相続発生を知って3か月以内に相続放棄を行うべきです。
よくある誤解
熟慮期間内に相続放棄が受理される必要があるという誤解がよくありますが、熟慮期間内に行う必要があるのは家庭裁判所への相続放棄申述のみで、熟慮期間経過後に相続放棄が受理されても問題はありません(915条、938条)。
2 相続放棄の管轄裁判所
家事事件手続法及び民法では以下のとおり定められているところ、相続開始地である被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所が相続放棄の管轄裁判所となります。
家事事件手続法第201条第1項
相続の承認及び放棄に関する審判事件(別表第一の九十の項から九十五の項までの事項についての審判事件をいう。)は、相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
民法第883条
相続は、被相続人の住所において開始する。
3 被相続人の住所が不明な場合の対応
上記「1 相続放棄の期間制限」のとおり熟慮期間の起算日が修正される余地はありますが、あくまで原則としては被相続人が亡くなったことにより自身が相続人となった事実を知った時が熟慮期間の起算点である以上、相続発生の事実を知った時から3か月以内に相続放棄申述を行うべきです。
しかし、被相続人の住所が不明な場合、相続放棄の管轄裁判所が不明という事態に陥ります。
このような場合、裁判所と調整した上、被相続人の最後の住所地が判明後に管轄裁判所への移送申立てを行う可能性があることを前提として相続人の住所地を管轄する家庭裁判所へ相続放棄申述書を提出するという対応が考えられます。
このような対応を取ることで、被相続人の最後の住所が分からない状況であっても相続発生の事実を知った時から3か月以内に相続放棄を行うことができ、相続放棄が受理されないリスクや事後的に相続放棄が無効と判断されるリスクに対応することが可能です。
相続の承認又は放棄をすべき期間の伸長の申立てを行うことにより対処可能?
相続財産の内容が不明である場合、相続の承認または放棄をすべき期間の伸長(熟慮期間の伸長)の申立てを行う(民法第915条第1項ただし書)という対応を取ることがあります。
相続放棄の管轄裁判所が不明な場合についても熟慮期間の伸長申立てを行うことで被相続人の住所を調査するための時間を確保することが考えられるところです。
しかし、熟慮期間の伸長申立ての管轄裁判所も被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所であることから、相続放棄の管轄裁判所が不明な場合に関する解決策とはなり得ません。 なお、被相続人の相続発生を知った後に相続財産を調査しているものの相続財産の調査が終わっておらず被相続人の最後の住所も分からないという場合には、申述人の住所地を管轄する家庭裁判所に熟慮期間の伸長申立てを行った上、被相続人の最後の住所が判明後に訂正申立て及び移送申立てを行うことは考えられます。
※掲載中の解決事例は、当事務所で御依頼をお受けした事例及び当事務所に所属する弁護士が過去に取り扱った事例となります。