遺産分割に関する事例
遺産分割に関する事例
話合いに一切応じない兄との遺産分割を成立させたJさんの事例
ご相談者Uさん
当事者:兄と話合いができない
性別:男性
職業:会社員
相手職業:不明
解決方法:調停
※案件や依頼者様の特定ができないように内容を編集しております。
状況
Jさんは、幼少期より兄とは仲が悪く、成人してからは互いに全く連絡を取らない状態になっていました。
そんな中、Jさんの父の相続が発生し、母、兄、Jさんの3名が相続人となりました。
母はJさんに対し「生前、父は兄に対して数千万円の資金援助をしていたから、父の遺産はすべてJさんに渡したい。」と話していたのですが、兄との話合いができなかったことから、遺産分割が成立しないまま父の相続発生から数年が経過しました。
そんな中、父名義のままとなっていた不動産について、法定相続分による相続登記が代位登記としてなされていることが判明しました。
そこで、Jさんは、代位登記に至る状況を確認すること及び父の遺産に関する話合いを行うことを目的として兄と連絡を取ったのですが、兄は「話合いがしたいのであれば弁護士に依頼して、弁護士から連絡してこい。」と述べるのみで、一切話合いに応じない状況でした。
兄への対応に困り果てたJさんは、当事務所の弁護士に兄に対する遺産分割協議等をご依頼されました。
弁護士の活動
1 兄との交渉開始
まず、弁護士は、兄との交渉を開始するべく兄へ受任通知を送付しました。
受任通知の中には、兄が父から多額の資金援助を受けていたところ当該援助金は特別受益にあたるため遺産についての兄の取り分は0円となる見通しであること、Jさんが父の遺産を全て相続することを内容とする遺産分割協議書に署名捺印した場合には事務手数料として数万円を支払う準備があることを記載しました。
これに対し、兄の弁護士から、「兄は自身に特別受益があり取り分が0円になることは理解しているものの、債務整理中のため裁判手続外で遺産分割を行うことが困難な状況。裁判手続でなければ解決が困難であるため、遺産分割調停を申し立ててほしい。」との連絡がありました。
2 遺産分割調停・審判
兄の弁護士からの連絡を受け、弁護士はすぐに家庭裁判所へ遺産分割調停等の申立てを行いました。
その結果、2回目の調停期日において、当初兄へ提案した条件(Jさんが遺産を全て相続し、兄へ数万円を支払う。)で遺産分割調停を成立させることができました。
ポイント
1 相続登記の代位登記
(1)法定相続分による相続登記
通常、相続登記は、遺産分割が成立した後に、不動産を相続することになった相続人が申請するのが一般的です。
しかし、遺産分割が終了していない状況下では相続財産は相続人の共有に属する(民法第898条第1項)ところ、各相続人は保存行為(民法第252条第5項)として単独で法定相続分による相続登記を単独で行うことも可能です。
法定相続分による相続登記については、詳しくは法務省のWebサイトをご覧ください。
民法第898条第1項
相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
民法第252条第5項
各共有者は、前各項の規定にかかわらず、保存行為をすることができる。
(2)代位登記
上記1.1のとおり、相続登記は相続人が申請するのが通常ですが、相続人の債権者などが相続登記の代位登記をすることもあります。
相続登記の代位登記は、債権者が法定相続人に属する権利(保存行為として法定相続分による相続登記を行う権利)を代位行使するものであるため、法定相続分どおりの割合による持分登記を内容とします。
相続登記の代位登記がなされる場合としては、具体的には以下のような場合が考えられます。
相続登記の代位登記がなされる場合の例
①相続人の債権者などが遺産である不動産について強制競売の申立てを行う前提として、債権者代位権(民法第423条)に基づき相続登記の代位登記を行う場合
②相続人から遺産である不動産の所有権または持分権を譲り受けた者が、自己に対する所有権(又は持分権)移転登記請求権を保全するために、債権者代位権(民法第423条)に基づき相続登記の代位登記を行う場合
※競売申立時の代位登記に関しては、詳しくは裁判所Webサイトをご覧ください。
今回のケースでは、①兄の債権者が遺産である不動産について強制競売の申立てを行う前提として相続登記の代位登記を行ったものと考えられます。
2 遺産である不動産に対する差押登記
(1)差押登記がなされなかった理由
今回のケースでは、遺産である不動産について相続登記の代位登記まではなされていたのですが差押登記は未了の状態でした。
差押登記が未了であった理由は必ずしも明らかではありませんが、不動産競売(不動産に対する強制執行)の申立てにあたり、裁判所へ数十万円以上の予納金を納付しなければならないところ、不動産競売申立てのメリットが上記コストに見合わないと判断されたからだと考えられます。
具体的には、Jさんの兄について破産手続開始決定があった場合、不動産競売を申し立てた債権者は以下の状況に陥る可能性があることから、不動産競売申立てのメリットがコストに見合わないと判断されたものと考えられます。
債権者が陥る可能性がある状況
①不動産競売手続は効力を失う(破産法第42条第2項)ため、不動産競売手続の中で予納金を回収できない。
②不動産競売手続の中で予納金を回収できない場合には費用額確定処分を経た上で回収することも考えられるが、破産した兄からこれを回収することは事実上困難である。
③仮に強制執行手続の中で弁済金を受領することができた場合でも偏頗弁済として破産管財人に否認(破産法第第162条第1項、同第165条)される。
(2)差押登記がなされていたらどうなる?
遺産である不動産について、遺産分割により法定相続分を超える持分を取得した場合でも対抗要件を備えなければ第三者に対抗できません(民法第899条の2)。
その結果、相続登記に先行して差押登記がなされていた場合には遺産分割よりも差押えが優先されることになります。
民法第899条の2
1 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
2 前項の権利が債権である場合において、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。
3 相続人の一人が債務整理手続中である場合の注意点
相続人の中に債務整理手続中の人がいる場合、遺産分割協議を行ったとしてもこれが詐害行為取消し(民法第424条)の対象となる可能性(最二小判平成11年6月11日民集53巻5号898頁)や破産手続の中で遺産分割協議が否認(詐害行為否認、無償行為否認)される可能性があります。
仮に遺産分割について詐害行為取消しや破産管財人による否認権の行使がなされた場合、遺産を相続分以上に取得した相続人が債権者等に対して原状回復義務ないし価額償還義務及び利息ないし遅延損害金の支払義務を負うことになる可能性があります。
また、そもそも債権者や破産管財人からの請求に対応すること自体が通常は大きな負担となるため、このような請求を受けること自体を可能な限り避けるべきです。今回のケースでは、「Jさんが父の遺産を全て相続する。」との内容の遺産分割を裁判手続外で成立させると、債権者からの詐害行為取消しや破産管財人からの否認権行使がなされる可能性がありました。
そこで、Jさんにとっても遺産分割調停の中で遺産分割を成立させることが最善であると判断し、速やかに遺産分割調停を申し立てることとしました。
※掲載中の解決事例は、当事務所で御依頼をお受けした事例及び当事務所に所属する弁護士が過去に取り扱った事例となります。